パニック発作で死の恐怖に襲われる事が度々

女性50代 -みさきさん


わたしは思春期の頃、重度の自律神経失調症になりました。現れる症状は、パニック発作です。
まず、吸っても吸っても呼吸できなくて、今にも死にそうな恐怖に襲われ、過呼吸になりました。

過呼吸になると、二酸化炭素が減ることで手がしびれ、
助産婦の手と呼ばれる独特の形に固まります。
脳梗塞の患者さんの手が、内側に曲がって固まるのと一緒です。ろれつも回らなくなります。
やはり脳梗塞でも起こしたように、口の筋肉が硬直して言葉がうまく出なくなるのです。

そして、筋肉の硬直は、全身に広がります。手足や、体幹まで、棒のように硬直しします。
今にも死にそうな恐怖の中で、正に死後硬直のような状態になるのです。
発作がおさまった翌日には、全身に筋肉痛が残るほどです。


病院には、パニック発作が起きた時、何度も救急搬送されることで行きました。
わたしの思春期の頃には、まだパニック発作が社会的にもよく知られていない頃で、
病院でもこれという治療も確率していなかったのでしょうか。
それとも今でも確率されていないのでしょうか?

わかりませんが、病院での処置は、酸素を吸い過ぎないように、
口に袋をあてがわれるだけでした。
そんな簡単な処置でも、お医者さんがついていると思うだけで、
わたしは安心することができ、病院に行けばパニック発作はすんなり治まるのが常でした。


わたしが自律神経失調症になった原因は、母親との関係にありました。
学校教育が全ての母でしたから、心をかけてもらうことが一度もなかったのです。
良い学校に入るために、親元からも離れて1人で学校に通う環境にいたことも、
当時のわたしには精神的に耐えられなかったのです。
また、それを説明することもできず、ただ体が悲鳴をあげていました。

今になって原因がよくわかりますが、心がずっと独りぼっちだったので、
誰も助けてくれないという恐怖が、わたしをパニック発作に陥れたのです。
当時のわたしには成す術がありませんでしたが、何度も発作を繰り返していくうちに、
これは自分の心の問題であって、本当に死ぬ訳ではないと理解したのです。

だから、死の恐怖に襲われそうになると、「思い過ごしだ」とひたすら自分に言い聞かせて、
気が紛れるのを待ったり、誰かが近くにいれば、発作が起きそうなことを敢えて言って、
自分を独りぼっちにしないようにしました。


思春期から始ったパニック発作は、徐々に回数が減って行き、結婚して、特に子育て中には、
自分が子供を守らなければいけないという意識が強かったのか、ほとんど起きませんでした。

それでも、現在50代になるまでには、2~3年に一度は、パニック発作が起きて、
自分で救急車を呼んで、搬送してもらうことを繰り返していました。
救急隊員の方が、しびれて固まったわたしの手を握ってくれたり、ろれつの回らないわたしに
優しく語りかけてくれると、それだけで安心して発作が治まることもありました。

救急車を安易に呼んではいけないことはわかっていても、
その瞬間は死んでしまう恐怖だけなので、やむを得ませんでした。

現在は、ここ6~7年は一度も発作が起きていません。やっと完治したのだと思います。



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